光GENJIのサブスクが
解禁になった。
まだ今の段階では
ごく一部という感じ。
まあサブスクを解禁しないよりは
断然いい話だ。山下達郎聞いてるか!
懐かしかったので
ちょっと聞いてみた。
いや聞くに堪えないですね。
ジャニーズさんに
性虐待された 若者の
悲鳴のように聞こえてきました。
初期の頃は CHAGE and ASKA の
ASKAが曲を作っていた。
確かに ASKAっぽい雰囲気が
プンプンしてる。
この頃からかな?
アイドルの曲を誰がが作るかが
重視されたのは。
筒美京平ではなくなった頃と言ってもいいかもしれない。
つまり職業的作詞家/作曲家から
シンガソングライターに変わった
ASKAの後は大江千里ねーさんが
引き継いだ、
(太陽がいっぱいは
まだアップされてない)
光GENJIといえば大学時代、
高田馬場の駅のそばにあった
「海の屋」を思い出す。
1次会で散々安い料理と酒で
酔っ払った挙句、
2,000円弱という料金で
カラオケを楽しむ場所と言えば
海乃家しかなかった
もともとは割烹ということを知って
驚いた。
ウェブ上には後に、
この店でマツタケの土瓶蒸しを
食している人がいて驚いた。
当時は安い料金でやってもらうので
出てくるものはビールに
銘柄がわからない日本酒、
かっぱえびせんぐらいだったと
記憶している。
それでもあの頃は、歌が歌えればそれでよかった。
その当時ヒットしていたのが
光GENJIだった。
『ガラスの十代』『パラダイス銀河』『STAR LIGHT』……
海の家といえば光GENJIの曲という気もしないでもない。
しかもふすまで仕切られた部屋で
各々大音響でカラオケ鳴り渡り
中居さんが着物着ている、というのが
海乃家でのカラオケは
終電との戦いだった。
特に東西線は当時11時40分頃が
高田馬場最終だったので、
結構時間が限られていた。
海の家で朝まで
寝かせてもらった、という話も
聞くことは聞くが、
多分これは法律違反なんだと思う。
あんな場所で男女が
雑魚寝していれば、
絶対始まるに決まっている。
始まってしまえば、
もうそれは連れ込み宿だからである。
保健所の部署が変わる。
そんなことを「STAR LIGHT」を聴きながら思い出してみた。

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