今日2月14日は言うまでもなくふんどしの日である
ふんどしと二月十四日の語呂合わせするセンスの良さには感服するだけである
僕はかつて門前仲町という江戸の情緒が漂う町に住んでいた。
富岡八幡宮という神社がありこの神社のお祭りに、三年に一度水かけ祭りというお御輿を担いでいる人達に水をかけるというお祭りがあった。
この時期になると町内の掲示板に「お祭りの正しい姿」というイラストが貼り出された。
要は「ふんどしはいけませんよ」という啓蒙だった。
なぜこれまで伝統的にふんどしだったものが最近になって忌み嫌われるようになったのか、というのははっきり理由がわかるわけではないが、推測するに、子供の教育上の理由や見栄えなどを理由にお祭りの実行委員会に、反対の声を上げたグループがありその意見が生かされ反対ということになったのであろう。
同じようなことは岩手県の蘇民祭という祭りの時にこのお祭りのポスターに野性味溢れる男性の写真が使われ、その写真が見ていて気持ちよくない、という声が上がり、新聞のネタになっていたということがある。
一方で僕が勤めていた会社は赤坂にあったが、秋になると日枝神社のお祭りが行われ、国会議事堂もある都市なのにも関わらず、街中にふんどし姿の男が溢れ出す。
しかし、この動きを牽制するようなことはなかったと思われる。
コモンセンスという言葉があるコモンなセンスということでなかなか微妙なニュアンスではあるが、赤坂は、伝統的な祭りの衣装はふんどしというコモンセンスを容認することができ、門前仲町と岩手県の町は、コモンセンスを容認することができなかったという話だろうか、この手の話というのはたまたまふんどしを例に取ったが、山ほど出てくる話だと思う、この話の中から教訓的なニュアンスを汲み取っていただければ、2月14日の意味があるというものだ。
ただ、この祭りが終わった後、地下鉄の千代田線で褌のまま家に帰るのは、コモンセンス外だと思う。
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