Facebookの断捨離



僕は今Facebookグループの断捨離というべきことをやっている。

ちょっと興味がある程度でもなんとなくいいねを押してしまいフィードされてくる情報が多くなってしまい、本当に興味のあるものだけ購読を続けようという意識になり、Facebookを開くたんびに一つ二つのグループを脱退しているのである。

そこで見えてきたものは、残るものは結構ローカルな情報であるということである。 

札幌のラーメンの情報を日々得るよりも住んでる町のおいしい食堂の情報を得た方が為になるという、実利的な考えの下断捨離を進めている。

結構なグループを辞めたので、表示されるグループの数が減り、本当に得たい快適な情報が出てくるようになった。

我々はローカル情報というとローカルの新聞社や放送局の情報というものをそれと定義してしまい、その情報の少なさ役立たなさに憤りながら日々生活する訳だが、でも待ってほしい。

CGMというものがある。ユーザーが作り出す情報というのは、まぁ最初は食べ物などとっつきやすい情報からグループができ、情報が流れ始めるのだと思うが、いわきの未来を考えようというグループがあったり、歴史について考えてみようという高尚な人々がいたりなど、今まで新聞というものが果たして出た役割を驚くほど低コストで民主的にインターネットの世界で置き換えている機能があることに驚かされる。

こういうことが見えてきたのも、Facebookグループの、断捨離のおかげである。

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