テレビユー福島のローカル番組でソースカツについての新たな説が紹介されました。
それによるといわき市の北部四倉という町で何十年前にソースカツのメッカ会津から来たお客さんがこんなものを食べるのは初めてだという証言をしてた、ということで会津でソースカツが出来る以前に四倉でソースカツが供されていたということを示す証言として注目されます。
とはいえ何か残ってるわけではなく、証言した人の名前もわからず、証言の内容が検証されたことも無く、そういう話がどうもあったらしいというレベルで、まことにもって怪しい。
ここで言葉の定義をはっきりしておきたい。
ソースカツとは何か?
豚カツを揚げたものを出汁やソースで煮たタレに漬け込みご飯の上に並べる丼物のことでである。
私の知る限り福島県の会津地方やいわき市、福井県などで人気となっている。
長くなるから手短に済ませたいのだが、この単純な料理の大きな違いの一つに、ご飯とカツの間に千切りのキャベツを敷くかどうかという違いがあるというか、この違いが唯一の違いであろう、細かく言えばタレの味の作り方というのもあるのだが、よくわからん。
僕のおばあちゃん家は群馬にあったが、カツ丼を取ってあげたよと言われて子供心にカツ丼の卵があまり好きではなく、うわっ!最悪‼️と思ったが、届いたものは丼の上にソースを纏ったカツがキャベツと一緒に並んでいるもので美味しかった記憶がある。
群馬県もソースカツのカルチャーがあるところなのか?
ソースかつの歴史をきちんと探った人がいないので一体日本列島のどこが始まりなのかということがなかなかわからない。
福井県がマーケティングが上手で、福井イコールソースかつという文化を作り上げ、東京などでもソースカツのお店を出していたというのは間違いない。
一方、新政府に辱められた、会津は口下手で自らの文化を広めるだけのふてぶてしさがなかったのかもしれない。いわゆる会津っぽという文化である
ちなみに高田馬場にあるお蕎麦屋さんが日本で最初にカツ丼を出した店である、という説はこのお店が唱えている話である
このお蕎麦屋さんは大隈重信家のご用達で、これもほんとかどうかは分からないが、何年も続く営業をやめて最近店を閉めた、という話を聞いた。
四ツ倉の食堂の旦那さんはディレクターから会津に喧嘩を売るんですか?という質問に対して、「いやーそんなことはしないです」と笑っていたことから、
どうも本人たちも確かな根拠は何もなく、町おこしのために勝手に出している話と理解できた。
仮にソースカツ丼発祥の町として観光客が押し寄せだとしても、紹介されたお店の雰囲気はあまりにもあまりにもで押し寄せる観光客を受け入れるだけの体制が整っているとは言えるものではない。
また福島のローカル番組で1度放送されたぐらいでブームが起こるともとても思えないのだが、そう考えると、ブームを作るということはハードがきちんと整ってからソフトが受け入れられるかという非常に何十もの偶然が重なりあってできるものではなかろうかと、ソースカツを見ると思うのである。
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