就職戦線異常なし ①序

 選挙に絡めてかつてフジテレビの選挙特番のバイトをしたことを書いたが、就活の話を書け、というテーマを頂き、忘れないうちに忘備録として。


                               序


テレビのニュースでは、連日NTTの株価が幾らに上がった、と伝え、ジュリアナ東京では、ワンレンボディコンのおねー様が踊り狂い、肩から拷問のように重い携帯を掛けて使うのがステータスで、日産はシーマという高級車を発売し、井上陽水は「くうねるあそぶ」でお元気ですか~と問いかける。


シャープから、非常に小型のコードレスフォンが発売され、吉田栄作が、CMでこれみよがしに使ってるのが、たまらなく欲しかった金ピカの時代、僕の就職戦線は異常だらけだった。


 自宅に、電話帳の詰め合わせみたいな、就職ガイドがリクルートなどから送られてきて、(捨てるのも大変だった)そこに掲載されてる企業に資料希望ハガキを送る。


すると、会社案内が送付され、その後電話がかかってくる。


会う日時を決める、昼間は千疋屋で生ジュース、夜はシャブシャブなどをご馳走になりながら、会社の話を聞く。


上手くいくと次の日当たり電話がかかってきて、また別の人にあう(もうお互いに千疋屋のパーラーで生ジュース飲むのに飽きてる、まさにバブル経済だ)それを繰り返していくのが、就活だった。


テレホンカードという仮想通貨がお土産として配られた。


沢山集めて、自宅の電話代を払った。


食事、お土産、交通費、ありとあらゆる費用が企業によって負担されたバブル経済のキワのような年だった(実際翌年バブル経済は破綻した)



大学の先輩(知らない、あったことも無い)が書いた「就職戦線異常なし」という小説がなにかの新人賞をとり、時代の寵児フジテレビによって映画化され、織田裕二主演で、僕の好きな羽田美智子も出ていた。



キャンパス内でロケが行われることも多く、友達たちが、エキストラとして多数出演していたらしい。


中には織田裕二と絡むエキストラ友人まで登場し、あのころの便利なウケる話題だった。


主題歌どんなときもで槇原敬之を知ったのもこの年だ。


この年は大学生で、槇原敬之のアルバムを持ってないやつはいないのではないか?と言うほどみんな聞いていた。


(アルバム中2曲、服部克久大先生がアレンジをしていたが、その後全くしてないので、マッキーの取り巻きの大人の事情で服部克久先生は起用された、と理解している)


そんな浮かれた時代の就職活動、略して就活は、当然浮かれたものだが、少し涙でしょっぱいお話だったりする。

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