玉ねぎの皮を剥いてみれば…

 服部良一のサウンドってリアルタイムで聞いていれば画期的!西洋的!と感じられたのかもしれない。


しかし、これだけ洋楽のメロディが溢れている時代に生きていると、なかなか何が画期的だったのか理解できない。


そんな気持ちにさせる要素がアレンジや使われている楽器の古さや録音状態などが余計そう感じさせるのかもしれない。


「蘇州夜曲」も知識のない僕には中国風のメロディの曲よね?位の理解しかない。

昭和の時代にカバーした人がほとんど演歌の人なので、むしろ演歌にも聞こえた。


そこに服部克久アレンジで小田和正が歌う蘇州夜曲を聞いてちょっとイメージが変わった。


そして令和の時代になって画期的に理解させてくれたのがさかいゆうが歌う「蘇州夜曲」だ。

これはジャズだと思う。


アレンジという分厚いお化粧を剥がしてみたら、あら?ジャズなのね、って感じ。


なぜこの歌が永きにわたって歌われているのかよく理解できる。


おまけ


淡谷のり子先生の「雨のブルース」にしてもブルースってそもそもどんな感じが分からない上に、当時のアレンジも相まって演歌としか聞こえない僕のバカ耳。


それでも淡谷先生の「オシャレ娘」は画期的だと思う。

コメント